純粋カメレオン②

紅とアスマが居なくなった部屋は、気温が下がったんじゃないかと思うくらい、熱気が消失していた。
カカシは何とも言い表せないような顔をして、胡座をかきながら冷酒が入った上品な硝子の銚子に視線を向けている。

カカシとは昨年の冬、イルカが犬に変化してカカシと接触したのがきっかけで仲良くなるようになった。あの写輪眼のカカシと一介の中忍の自分が仲良くする事は、常識からしたら受け入れ難いものだったが、カカシは上官と部下の垣根を感じさせる事はなく接してきた。
イルカも最初抱いていた性悪なイメージはとうに消え、淡い恋心を抱いていた。
だが報われない恋だと勝手に諦めていた時にカカシから告白を受け、信じられない気持ちのままイルカはカカシの気持ちを受け止めた。
溶けるような幸福感にイルカは浸っていた。里の誉れであるカカシが自分の恋人になり、眩暈がするような毎日だった。
家では甘く低い声で愛を囁き、映画のワンシーンの様な美しいキスをされる。
自分が思っている以上に、カカシに思春期のような恋心を持っていた。
しかし、恋心は思春期であるが、年齢は二十代半ば。当然立派な成人の雄であり、愛する人が出来れば性欲だって出る。
異性との知識しか持ち合わせていないが、同性のカカシが恋人である以上、なんとなく想像はしていた。どちらでもいいが、今までの恋愛経験の豊富さやカカシの雰囲気のリードの上手さからして、自分はきっと下だろう、と考えた。
カカシは抱きしめ、キスをするが、それ以上にイルカに触れてこなかった。
意外だった。
一緒に住んでこそいないが、任務帰りなど時間が遅くの訪問になれば、カカシは泊まった。だが、布団は別々。カカシからの提案だった。
イルカと付き合う前は代わる代わる女を連れていた。
あれはなんなんだ。色気むんむんの女とお手手繋いでただけじゃないだろ。
俺とはキスだけで満足で、男とセックスはしないって事なのか。
大好き、先生
愛おしみ抱きしめ、口ずけをされる。
まるで子どもが人形をあやす様に。
カカシの口から溢れる好きに、どんな意味が含まれているのだろう。
俺は人形じゃない。
それだけじゃ満たされる訳がない。
カカシの身体を欲し繋がりたいと渇欲する人間だ。
怒りと不安が頭の中を交差する。

夜間勤務最終日だった。1人イルカは報告所で受付をしていた。
「中の下じゃない」
目の前に立つのは綺麗と言う字が相応しい髪の長い上忍のくノ一。
冷ややかな目線と発せられた不可解な言葉に、イルカは見上げて瞬きをした。
任務報告に必要な会話には思えない。
「立場分かってる?」
「は、…いや、如何言う意味でしょうか」
「あなたみたいな中忍、如何見ても釣り合わない。すぐ飽きられるから」
強い口調で言い切ると、判を押す前から背を向けられ、報告所を出て行った。
可憐な甘い香水の香りだけがイルカの鼻に残る。
ぼんやりペンを持ったまま言われた台詞を反芻させ、すぐに思い当たった。
あの上忍はカカシと自分の関係を知っている。
中の下
立場
釣り合わない
侮辱で口にされた言葉は的を得ている。自分でも分かっていた。
心に針を突き刺された痛みが走る。
イルカの心は限界だった。


カカシが短期任務に出掛け、1人ご飯を作る気にもなれず、居酒屋のカウンターでビールを飲んでいたら紅に声をかけられた。一緒にいたアスマがイルカの表情に気がつき、察するような声をかけられ迂闊にも気が緩み涙が溢れた。
アスマの顔を見て気が緩んだのかもしれない。三代目に可愛がられていた事もあり、アスマもイルカを弟の様に目をかけてくれていた。
自分でも予想していなかった涙に慌て袖で拭えば、店から連れ出され、別の居酒屋の個室に連れ込まれた。
限界にきていたイルカはアスマ達なら、とカカシとの話をした。
紅はイルカを隣の部屋に入れ、アスマと共にイルカのチャクラを調節し、ここにいるように言われた。
よく分からないまま座っていれば、聞こえたカカシの声。
カカシはイルカに気がついていない。
カカシが自分への気持ちを率直に口にしたのを耳にして心が震えた。
予期していなかった紅の不用意な発言で、イルカは気がついたら部屋を飛び出していたのだが。



銀髪を手で掻き泳がせていた視線をテーブルに落とした。
「あの…イルカ先生、…ごめんね」
恐る恐ると静かに発せられたカカシの声に、イルカは正座し太腿に置いていた拳に力を入れた。
「いや、俺の方こそ、すみませんでした」
「イルカ先生は悪くないよ?」
伏せていた睫毛を上げ、イルカと視線を交わらせる。
テーブルの上に置かれた硝子のお猪口のような碧色の瞳を見て、ゾクリとするような色気を感じた。
酒をどの位煽ったのか、カカシの白い肌に頬がほんのりと赤みを差していた。
話していた内容から滲み出てしまったのか。何処とない虚げなカカシの表情と3日ぶりの逢瀬から自分の擡げる感情に、改めて自分は雄だと痛感する。
だがアスマが去り際に残した言葉の様に、話し合いさえしていない、カカシとの蟠りは解かなければならないのは分かっていた。
イルカは決意するように、ゴクリと唾を呑み込むと、掌の中にある指先に力を入れた。
「カカシさんは、俺を見て何も感じませんか?」
少し驚いた様に目を開き、すぐに首を横に振った。カカシは下唇を少し噛み、言葉にする事はなかった。
何度も合わせたカカシの唇の感触を思いだす。
思わず唇に視線を集中させていると、ふと苦しげな顔をし薄い唇を開いた。
「そんな訳ないでしょ」
「でも、…俺とは、」
「あのね、…紅達の前でも言ったけど、イルカ先生は本命なの」
本命。あの誰もが恐れるカカシ程の男が自分を本命だと言う。
「恥ずかしいんだけど、…初めてなんです」
「…それは、何が…ですか」
まさか、セックスが。と顔に出たのか、カカシが頬を緩めて否定した。
「好きな人とするのが」
「……は、」
「うん…そうなるよね。今までは感情抜きのセックスしかしてこなかったから。だからイルカ先生を前にすると、…如何したらいいのか分からなくて怖かった」
イルカの反応に苦笑いして頭を掻いた。
「俺元々そんな優しくないし、…歯止めが効かなくなって、乱暴になって、でもイルカ先生を傷付けたくないし。キスまでだっらいいのか、とか。そんな事ばっかり頭に浮かんでた」
ゆっくりと溜めていた物を吐き出すようにカカシは初めて隠していた気持ちを露にした。
自分も悩んでいたが、カカシももしかしたら自分以上に悩んでいたかと思うと、今までの時間が歯痒くなった。
「きっと本当の『俺』を知ったら嫌いになるよ」
目の前の男は本当にあの写輪眼なのだろうか。困った顔をして、こんなもさい自分に嫌われたくないと言う。
ベストは脱がれ、アンダーウェアの上からも分かるカカシの鍛え上げられた身体を目にして改めて本物だと思った。
「嫌いになんかならないです」
「そんなの分からないでしょ?」
「俺はカカシさんとそうなりたいと思ってましたから」
「そうなりたい、…って。俺の思ってる事と同じとは思えない」
イルカの台詞にふと胡乱な眼差しを見せた。
「経験はそんなに無いですけど、…俺はカカシさんと繋がりたいし、ドロドロに溶け合いたい」
カカシが塗り固めた壁を壊せるなら、恥もプライドも関係ないと、強い口調で言い切った。
信じられないとカカシは目を丸くした。
「それに、全部ひっくるめてカカシさんじゃないですか?」
「…………」
「俺の事、好きですか?」
「好き。イルカ先生が好きです」
カカシは改めて見惚れてしまうくらいに真剣な眼差しをしていた。
自分で聞いたのに。何度言われても慣れない。かぁと顔が熱くなる。
イルカは小さく息を吐き出し微笑んだ。
「だったら、…それでいいじゃないですか」
「え?…何が?」
「俺だって怖いです。俺と関係をもって…やっぱり女の方がいいって思うんじゃないかって、不安がありました」
驚いたのか、カカシはイルカをまじまじと見詰めた。
「そんな事思う訳ない」
きっぱりと言い切るカカシに眉頭を寄せた。
「でも、分からないでしょう?俺だって不安だったんです。…言葉では好きって言ってくれるけど、…身体を求められないって言うのは…俺と想いが違うのかなって…」
「ううん。したいよ」
カカシはあっさりと肯定した。
「本当ですか?」
「うん。イルカ先生が好きで好きで、欲しくて堪らない。いっぱいキスしたい。色んなとこ触りたい。イルカ先生の色んな声を聞きたい。身体中俺のだって確かめて目茶目茶にしたい」
次第に荒々しくなる表現に気が付いついないのか、カカシは言い切ると切なげに顔を顰めた。
言葉で陶酔しそうになる。カカシの端整な顔立ちに、卑猥な言葉さえも自分を包み込む愛の言葉にしか聞こえない。
身体に熱を持っているのは自分だけでは無いだろう。
潤んで揺れていたカカシの瞳には燃える様な情欲を秘めているのが見えた。



次からR-18なので、何となくここで区切ります。
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